『魔王を倒したあとの、ちいさな王国のあきない話』
魔王が倒されたあとの、小さな王国で起こる五つのお話。
第一話 魔王を倒したあと、何をする?
魔王が倒されてから、三年がたった。
王都の酒場「月の麦」は、夕暮れになるといつもにぎやかだ。顔なじみの冒険者たちがいつもの席に集まり、昨日の冒険について真剣に議論している。
「昨日も勝った」
「それはよかった」
「今日も勝った」
「それもよかった」
「明日もたぶん勝つ」
「……何か新しい報告はないのか」
伝説の勇者レオンは、空になった皿を眺めた。
彼の剣は魔王の角を断ち、鎧は火竜の炎をはね返す。仲間も装備も、これ以上ないほどそろっている。もちろん、戦うのが嫌いになったわけではない。勝つのは今だってうれしい。ただ、勝利の報告が、今日の天気の話に少し似てきた。
そのとき酒場の扉が勢いよく開いた。
「すみません! 東の森の、三本角のイノシシってどう倒すんですか!」
泥だらけの靴を履いた新人のミナだった。腰の剣は刃こぼれし、左腕には盾の代わりに鍋のふたをくくりつけている。
レオンは思わず言った。
「三本角なら、最初の突進をかわして背後から――」
「かわせないんです!」
「なぜ?」
「走ると鍋のふたの取っ手ががらがら鳴って、イノシシが怒るので!」
隣の席の冒険者が、椅子ごとこちらへ向き直った。
「じゃあ、ふたを外せば?」
「ふたを外すと倒されます!」
「取っ手に布を巻いたらどうだ?」
「それだ!」
気づけば、酒場の大半が三本角のイノシシ攻略会議に参加していた。
翌日、レオンはミナの冒険についていった。伝説の剣は抜かない、と約束して。ミナは二度転んだ。イノシシは三度突進した。ミナは鍋のふたの取っ手に布を巻き、がらがら鳴る音を止めた。最後の突進を受けると、ふたは少しへこんだが、イノシシの角は見事に横へそれた。
「やった!」
倒したのは、かつてレオンが片手間に倒していた獣だった。
それなのに、レオンは魔王討伐の宴を思い出すくらい笑っていた。
帰り道、ミナが尋ねた。
「勇者さまは、これから何を目指すんですか?」
レオンは少し考えた。
「さっきまで、もう目指すものがないと思っていたんだ」
「そうなんですか?」
「でも、どうやら知らない戦い方はまだ山ほどあるらしい」
ミナは得意げに鍋のふたを掲げた。
伝説の剣がなくても、今日はずいぶん面白かった。
その夜、「月の麦」でいつもの仲間が尋ねた。
「で、今日は何か新しい報告は?」
「あるとも」
レオンは魔王を倒したときよりも熱心に、鍋のふたの話をした。


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