『魔王を倒したあとの、ちいさな王国のあきない話』
魔王が倒されたあとの、小さな王国で起こる五つのお話。
第二話 金貨を使わない旅人は、お客さんじゃない?
王都の武具屋を営むトトは、帳面を前に首をひねっていた。
「今月は、店の前を通る人が多いわりに、剣が売れないなあ」
隣のパン屋のルルが、焼きたての丸パンを置いた。
「通る人が増えてるなら、いいことじゃない?」
「店先で剣を眺めて、買わずに帰る人ばかりなんだよ」
「でも、みんな楽しそうだったよ」
「楽しさを数えても、帳面の金貨は増えないからね」
もっともな話である。トトは慈善家ではなく、武具屋なのだ。
昼過ぎ、例の新人ミナが友人を三人連れてやって来た。
「ほら、ここ! 王都で一番おもしろい武具屋!」
「一番丈夫な武具屋じゃなくて?」とトト。
「ここの店主さん、剣を買わなくても装備の話をしてくれるんです」
褒められているのか、営業妨害なのか分からない。
三人は店の古い盾をあれこれ眺め、誰も買わずに森へ出かけた。トトは肩をすくめた。
しかし翌朝、そのうちの一人が戻ってきた。
「昨日、森で盾が割れてしまって。ミナが、ここで見た古い型は丈夫だって教えてくれたんです。あれを一つください」
また別の日、別の旅人が店に来た。
「月の麦で、ここの店主は変な戦い方に詳しいと聞きました」
「変な、は余計だな」
その旅人は剣を買わなかった。代わりに、壊れた弓の修理を頼んだ。
酒場では、ミナたちが旅の話をしていた。面白そうだと別の人が加わり、人数が増えると、今度は遠くの迷宮にも挑めるようになった。道具を貸す人、地図を描く人、失敗談を話す人。買い物をしない旅人も、何もしていないわけではなかった。
ある晩、トトは帳面に新しい欄を作った。
「今日、店で剣を買わなかった人」
ルルが笑った。
「そんなのまで数えるの?」
「うん。昨日買わなかった人が、今日誰を連れてきたか知りたくなった」
「売上が増えそう?」
「そこは、まだ分からない」
トトは帳面を閉じた。
「でも、この町に来たい人が増えるなら、商売を続ける理由も増える気がするんだ」
翌朝、武具屋の軒先には小さな板が立てられた。
『買わなくても、装備の相談だけでもどうぞ。ただし、店主は話が長いです。』
最初の相談者はレオンだった。
「鍋のふたに合う剣はありますか」
トトが剣の棚を見回していると、ちょうど丸パンを届けに来たルルが横から尋ねた。
「その剣で、何がしたいの?」
「ミナが、あの鍋のふたでもう少し戦いやすくなればと思って」とレオン。
トトは少し考えた。
「だったら、剣より先に、あのふたを見せてもらおうか」
翌日、ミナはへこんだふたを持ってきた。トトは取っ手を直し、腕に合う革ひもを付けた。
「これなら、走ってもずれません!」
「剣は売れなかったね」とルル。
「代わりに、面白い仕事が増えたよ」
トトは帳面に『鍋のふたの修理』と書き込んだ。


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