『魔王を倒したあとの、ちいさな王国のあきない話』
魔王が倒されたあとの、小さな王国で起こる五つのお話。
第五話 この王国は、世界一にならなくてもいい
王国の北にある丘からは、街がよく見える。
巨大な城も、空を覆うほどの塔もない。夜になると店の灯りがぽつぽつとともり、遅くまで開いている酒場の歌が、風に乗って届く。
レオンは丘の上で、遠くの大都市の話を聞いていた。
「あちらの都には、毎日千人の旅人が集まるそうです」とミナ。
「すごいな」
「この王国は、どうしてあんなに大きくならないんでしょう」
レオンは答えに困った。
そのころ、武具屋のトトには隣国から手紙が届いていた。
『古い道具も長く使えるように直してくれると、旅人から聞きました。こちらの町でも、丈夫な旅の道具をお願いできませんか。』
トトは職人たちと相談した。
隣国の仕事を受ければ、王都で剣が売れない日も工房を動かせる。けれど、大きな注文を引き受けすぎれば、町の冒険者たちから預かった剣や盾の修理が、後回しになるかもしれない。
「どうする?」と見習い。
「少しだけ受けよう」とトト。
「もっとたくさん作れば、もっと金貨が入るのに?」
「そうかもしれない。でも、ここのお客さんの剣も直したいからね」
トトは隣国へ返事を送った。
『まずは少しずつ。気に入っていただけたら、長いお付き合いを。』
王国では、その年、小さな変化がいくつも起きた。
渡し舟は四人乗りになり、以前ほど揺れなくなった。酒場では新人が古参に勝つ日があった。鍋のふたを使う冒険者がなぜか増えた。願いの箱には、少しだけ具体的な理由の書かれた手紙が増えた。
ときには静かな日もある。雨で客が少ない日もある。勇者たちが同じ相手と何度も戦って、そろって欠伸をする日もある。
そんな日、王様は街を歩いた。
武具屋では、トトが新しい鞘の飾りを仕上げていた。隣のパン屋では、ルルが焼きたての丸パンを店先に並べていた。酒場「月の麦」では、ミナが地図を広げ、レオンに向かって真剣に説明していた。
「この先に、まだ誰も行ったことのない場所があるんです」
「本当に?」
「たぶん!」
「その『たぶん』が一番あやしいな」
王様は、二人の話を聞いて笑った。
ある日の夕方、王国の門に一人の旅人が現れた。
「すみません。この町には、ちょっと変わった盾を使う冒険者がいると聞いたんですが」
門番はすぐに答えた。
「いますよ。たぶん今ごろ、酒場で新しい冒険の相談をしてます」
旅人はうなずきかけて、鞄から折りたたんだ地図を取り出した。
「それと、もう一つ。こんな話も聞いてもらえるでしょうか」
地図の端には、まだ名前のない場所が描かれていた。
門番は酒場の方を指さした。
「ここには、そういう話を聞くのが好きな人たちがいますよ」
「それなら、来てよかった」
旅人は笑顔で門をくぐった。
その夜、王様は丘の上から町を眺めていた。武具屋に灯りがともり、パン屋の煙突から細い煙が上がる。酒場「月の麦」の窓には、何人もの影が重なっていた。
大きな都には、大きな都の楽しさがある。この王国には、この王国の楽しさがある。何もかも手に入れる必要はないし、いつも賑やかである必要もない。
それでも、ここで暮らす人が明日も店を開け、冒険者が明日も好きな道を歩けるように。王様と職人たちは、今日できる仕事を続けている。
そのころ酒場では、旅人が持ち込んだ地図に、レオンとミナが顔を寄せていた。
「この先には、何があるんですか?」とミナ。
「行ってみないと分からないよ」と旅人。
ミナは、うれしそうに笑った。
王国は、今日も続いている。


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